メイヘン番外SS

年賀状のリクエストで「シキ&カイリ」との票を頂いたので、

お礼に未公開だったSSを置いておきます。

 


 

 メイヘン王国の領土内は、治安が良いことで有名だ。
 街の周辺に獰猛な魔獣が巣くっている場所は少なく、街中で賊の類が暴れることもそう起こらない。旅人や行商馬車も安心して行き来できる、人に優しい国である。


 それは国民として誇らしいことだが、『平和』が日常であることは時として仇にもなる。
 メイヘン国民は他国民に比べ、脅威に対する危機意識が低い。反戦を掲げて他者の背に隠れる傾向すら見られる。それはギルドや自警団、王室騎士隊といった、警護を担う全ての者たちにとっての懸案事項であった。

 そんなメイヘン城下から伸びる街道を少し東にはずれた草原に、珍しく、魔獣が群れを成していた。繁殖期にはどの地域にでも見られる光景である。
 穏やかな風が、素知らぬ振りで草の表面を撫でて行くが、一帯に生息しているはずの小動物の姿は見えない。代わりに見聞き出来るのは、鋭い眼光を湛えた魔獣の姿と、唸りや遠吠えだけだ。

 

 城下の門が軋んだ音を立てて開き、城下より二人の男が、街道沿いを走って来た。魔獣が警戒する前に、二人は少し離れた所で足を止め、その魔獣の群れを一瞥する。
「おいおい、冗談だろ……」
 ざっと周囲を見渡し、後ろ手に大振りの剣を引き抜きながら、長身の褐色の青年――カイリ・イクシアは苦笑した。
「それは数に対してか?」
 隣で小さく息を吐きながら、端正な顔立ちの青年――セナ・リーベリックも、左脇に提げていた鞘と柄に手を添える。
 カイリはセナからの皮肉に肩を竦めた。
「しっかし多いな。戦力を分散させるか……」
「好きなように動け。援護する」
 その言葉を聞き、カイリは口元をわずかに緩めた。
「助かる」
 視線を戦場に戻し、剣を構える。手近にいる魔獣は一様に鼻先をカイリに向け、低く唸りをあげていた。
 魔狼の一団が駆け出すのを皮切りに、カイリは剣を構え直して重心を下げた。飛びかかってくる二匹のうち一匹を叩き斬り、もう一匹の腹を蹴り飛ばす。まだ息があることを視認したセナは、口中で短い呪文を詠唱した。魔狼が体を起こすより先に、落下地点が青白く発光したかと思うと、地面から天に向かって、鋭い氷塊が勢いよく突き出した。
 警戒して少し距離を取る魔獣と、一層敵意を剥き出しにする魔獣は半々だ。カイリは素早く剣を構え直しながら、視線を左に投げた。


 ズボンのポケットに左手を突っ込んだ銀髪痩躯の男が、草原の魔獣たちを眺めながら歩いてくる。その様子は涼しげだ。不敵な笑みを湛えた彼の表情だけを見ると、そこには魔獣など存在しないかのような錯覚に陥る。

 シキは、いつもそうだ。そこにどんな問題が起きていようとも、全てを嘲笑うように、何もかもが自分とは無関係であるかのように、薄く笑っている。
 カイリは、シキから意識的に視線を引きはがし、眼前の魔獣に集中した。そんなカイリの様子を、セナは視線の端に確認すると、カイリが魔獣に斬り込むのに合わせて、彼の背後に回ろうとする魔獣たちを退ける。
「この時期にしても、随分群がってるね。何かあったのかなあ」
 誰の返答を期待するわけでもなく独り言のように呟くと、シキは二人の仲間が戦っている様子に目もくれず、それを素通りした。彼が見ているのは、仲間の命運より、その更に奥で出番を待ち構えている魔獣の群れだ。

 躊躇い無く、魔獣たちの縄張りに踏み込む。警戒した魔鳥が高く鳴き、シキの頭上を旋回し始めると、彼を取り囲むように魔狼や魔兎が牙を剥いて展開した。

 

 シキは左手をポケットから出すと、右手に持っていた鞘から、おもむろに剣を引き抜いた。すらりとした曲刀の先端を地につけ、目線だけで魔獣の位置を確認する。ただ剣を左手に握っているだけの、どう見ても無防備なそれを構えと呼べるのかは不明だが、カイリとセナは、それがシキの臨戦態勢の一つであることを知っている。
 戦闘準備は整ったとでも言うように、刀身が光を反射して煌めいた。彼の剣は、東端にある島国で打たれた「カタナ」と呼ばれる珍品だという。その刀身は片刃で、途中から緩やかな弧を描いており、大陸で見かける一般的な剣とは異なる工程で作られている。ぬめるように鈍く光る刀身は、シキというこの男によく似て、ただの鉄の塊でありながら、どこか妖しげな雰囲気を纏っていた。

 

 魔鳥の甲高い鳴き声を合図に、彼を殺そうと、魔獣が一斉に飛びかかる。シキは、常に緩やかな弧を描いている口の端を、更に吊り上げた。
 わずかに目を細め、鋭く視線を走らせる。真っ先に飛びかかってきた魔兎を視界からはずし、その飛行速度で一瞬先に飛び込んできた魔鳥を捉えると、振り上げたカタナでそれを両断した。先の魔兎には目もくれず、群れの密集地帯へ斬り込んでいく。常人の動体視力では一つ一つを把握しきれない動きで魔獣を斬り伏せ、瞬く間にその壁を一枚突破していた。
 呼吸を乱す様子も無く振り返る様子は相変わらずだが、瞳は恍惚な色を帯び、その衣服や顔は赤く染まっていた。
 その光景は、魔獣の目から見ても異様なのだろうか。敵意を露わにしていた魔獣でさえも歩みを止め、一帯に徘徊していた魔獣は散開していった。


 自分たちが相手にしていた魔獣も逃げて行くので、カイリは剣先を地につけ、シキの方へ目を向ける。セナも剣の血を振り払うと、それを鞘に収めた。
「雑魚は束になっても、雑魚なんだよねえ」
 魔獣を見送りながら、シキは表情一つ変えずに、そんなことを呟いた。
 顔についた血を袖で拭い、納刀するシキの元へ、カイリとセナが歩み寄る。
「お前なあ、その返り血どうすんだよ」
「どうもこうもないよ」
「あるんだよ。そのまま街に戻ったら、また変な噂が立つだろうが」
「それを言うなら、アンタたちだって同じだろう」
 確かにカイリもセナも、多少の返り血は浴びていた。しかしシキのそれは、明らかに異様だ。
 細い体のどこに、それほどまでの筋力があるのかは不明だが、シキは容易く魔獣を両断する。至近距離でそれをやるものだから、返り血を浴びる量は人一倍だ。通常ならば極力避けたいものだが、彼はそれを気にしないどころか、どこか楽しんでいる節すらある。

 だからだ。彼がどんな功績を残そうとも、街で「人斬り」と噂されてしまうのは。
 視線をはずして溜息を吐くカイリを見て、シキは肩を竦めた。
「ギルドの印象を悪くするって言いたいなら、マスターにでも相談したらいい。俺は解雇されれば出て行くよ?」
「顔くらい洗って来い。私たちは先に戻る」
「はいはい」
 気のない返事をして、シキは魔獣たちが逃げた方向とは反対へ歩き出す。それは確かに川のある方向なので、二人はそれ以上何も声をかけず、街道を引き返すことにした。

 

   ***

 

 夜。中央通りを西に入った小さな酒場で、カイリとセナは小さなテーブルに向かい合い、酒を交わしていた。とはいえ、セナが飲んでいるのはその日もコーヒーだ。本人いわく酒はあまり強くないということだが、カイリも彼が酒を口にするところを見たことが無いので、真偽のほどは定かではない。
「あいつの素行は、どうにかなんねェのかな」
「シキか」
 頬杖をついたまま、琥珀色の液体が氷と交じり合うのを見ながら、カイリは頷いた。
「本人に改める気が無いのなら、仕方あるまい」
「けどよ……やっぱ俺は、ああいう戦い方は好かねぇ」
 頭を上げ、腕をテーブルへ倒して足を組む。卓上の食器類が、その振動で跳ねて音を立てた。セナはコーヒーを一口すすると、腕組みをしてカップ越しに相棒を一瞥した。
 長く行動を共にしてきた身だ。全てではないだろうが、カイリがシキの言動を見過ごせない理由のいくつかには、心当たりがある。単純に、シキが請負人としてあるまじき姿勢で任務に当たっていることに不満もあろうが、命に対して殊更敏感なカイリのことだ。決してそればかりではないだろう。
「明日は賊の捕縛か。あいつ指示に従うと思うか?」
「思わんな」
 わかりきった答えだ。
「せめて、誰彼構わず剣向けんのをやめてくれりゃあ、共闘出来そうな気がすんだけどな……」
「その心がけには感心する。私には無理だ」
 無理と言い切るのは、関心の無いシキについて、更生の可能性を模索する時間そのものが無価値だからだ。淡白な言葉に、カイリは苦笑しながら、一口酒を煽った。

 一度熱が入れば情に厚い男であることをカイリは知っているが、他者に関心を持つまでの敷居が高いセナのことだ。今後も両者の信頼関係は築かれないだろう。


 一方で、メイヘンの国民がシキを虐げる様子を見て、カイリはそれをどうでも良い他人事とは思っていない。誰もが平等に、平和や幸福を求めて良いはずだと……それはシキも求めて良い物だと思っている。
 あの張り付けたような笑みが、幸福もろとも、人らしい全てのものを遠ざけているように見えるのだ。
「何か、きっかけでもあればなぁ」
「本人次第だろう」
「ま、そうだな……」

 

 

 ―― 同じ城下町に住む身寄りのない魔術科の少女が、彼らの元に現れるのは、それから数年後のことである。

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